荒牧町舟戸(新田地区)の小池昌男さんの庭に「舟つなぎ石」と言い伝えられる高さ1メートルほどの細長い石があります。丁度舟を繋ぎ止めるのに都合のよさそうな形をしています。上細井町の鎌倉坂の近くにも、船繋ぎ石という言い伝えのある「鳶石」と呼ばれる石があります。また前橋中心街中央通りの馬場川のほとりにある「船つなぎ石」にも船を繋ぎ止めた石という言い伝えがあります。
鳶石と馬場川の船つなぎ石の間が「一里の渡し」という言い伝えもあります。利根川は今から五・六百年前ごろには現在の利根川より東を流れていたようです。大洪水の時々に、この低地の中を、流れを大きく変えながら広い低地を作ったのです。荒牧町一帯はその利根川(古利根川)の河床で、少し掘ると今も川石がごろごろしていたり、深い砂地の場所であったりします。
荒牧町に伝わる船繋ぎ石は舟戸と呼ばれる場所にあります。群馬県内にはたくさんの舟戸地名があります。明治十四年の記録によると
船戸 ふなと 西群馬郡上白井村日出島
舟戸 ふなと 東群馬郡新堀村
舟戸 ふなと 邑楽郡下三林村
舟戸 ふなと 利根郡後閑村
船戸 ふなと 東群馬郡下阿内村
船戸 ふなと 南勢多郡樽村
船戸 ふなと 南勢多郡八崎村
船渡 ふなと 西群馬郡西横手村
船渡 ふなど 南勢多郡下田沢村道下
舟渡上 ふなとかみ 邑楽郡除川村
船戸久保 ふなとくぼ 南勢多郡下大島村
船戸島 ふなとじま 南勢多郡八崎村
舟戸下 ふなとしも 邑楽郡除村
船戸東 ふなとひがし 東群馬郡下阿内村
(『群馬県小字名索引』より)
ほとんどが川岸にあります。江戸時代に渡し場があったという記録の残っている所もあります。
荒牧町の現在の地形では渡し場があったとは想像しにくいですが、荒牧町にも舟戸・舟戸前・舟戸東・舟戸西の小字地名があります。かつては古利根川が流れ、渡し場があったとも考えられ、その時に使われた石が区画整理で姿を現し、歴史を教えてくれたと思うと感慨ひとしおです。