荒牧まちかど探検(12)

荒牧神社境内の神々

 荒牧神社については以前にも触れたことがある。
 昭和30年に発刊された南橘村誌によると、「明治40年3月に許可を得て、字上宿の村社諏訪神社、同境内末社八社(秋葉神社・八坂神社・赤城神社・八幡宮・雷電神社・菅原神社・愛宕神社・水神社)、同所の無格社八幡宮を本社神明宮に合併し、荒牧神社と改称して今日に及んでいる。」となっている。
 この記述によると、明治40年3月以前には荒牧神社という社名はなかったことになる。この年の前後に各地方の神社は盛んに合併や合祀が行われた。
 合祀の場合、古くからその地にあった神社名をそのまま用いることが多かったが、なかには、部落名を社名とした例も多かった。
 荒牧神社も村名を付けた一例であろう。
 さて、荒牧神社の前身は前述したように神明宮である、そして合祀されている八社は、南橘地区及び市内はもちろん全国的にも名の知れた神社である。

@ 秋葉神社‥‥恐ろしい火災からの火伏せの神として信仰されてきた。静岡県の秋葉山中に総本社がある。
A 八坂神社‥‥夏の疫病除け、市神、伊勢信仰とも結びついたともいわれている。京都市内に本社がある。
B 赤城神社‥‥赤城山頂の大沼、小沼は信仰の中心となり、赤城の神はこの沼神の二神を祀る神として各地に祀られた。慈雨をもたらす神として信仰をあつめている。
C 八幡宮‥‥‥自然発生の各地の神々で、全国各地に勧請された神々の一つである。戦勝のため祈願し武家の守護神となった。
D 雷電神社‥‥落雷からの被害を防ぎ、干天には慈雨をもたらす神として信仰され、県下にも多くみられる。
E 菅原神社‥‥菅原道真を火雷天神とする信仰が起こり、全国に勧請された。京都の北野天神が本社である。
F 愛宕神社‥‥雷神を祀り、火伏せ(防火)の神として祀られ、また、水神としての信仰も厚い。京都市内に本社がある。
G 水神社‥‥‥県内各地の水神社・水神様は、特に一定の本社から勧請されたものではない。水に関係した場所に祀られた。

 県下の神社で、近世以前に造立された木造の神社は多くない。村の小さな神社のほとんどが石宮であった。村の鎮守とされた神社も石宮であった例も多い。荒牧神社境内の八社のうち七社は石宮である。しかし、塩原宮司さん等の話では赤城神社だけは、地元の方々の信仰が厚く、あまり大きくはないが、木造の社であったので、合祀の際には本社に祀ったのであろう、とのことであった。
 そして、他の石宮は前述したように、南橘村誌によると上宿の村社諏訪神社境内にあった、となっている。
 資料によると、現在県内各地の神社の境内にある石宮の多くは、明治初年の神社合併により、集められたとされている。
 そこで、かっての荒牧村の小字名をみると、「八幡前」、「天神後」といった地名があり、明治以前村内に祀られていた石宮の位置と関係があるのかも知れない。
 なお、荒牧神社の前身の神明宮は、「伊勢東」という小字名があることから分かるように伊勢神宮を勧請した神社であり、明治以降の神社合併により社名が変更された一例である。

※ 前記の資料は「南橘村誌」、「群馬県百科事典」、「上野国郡村誌」、「近藤義雄著・上州の神と仏」、「荒牧神社・塩原宮司談」による。


荒牧神社西側に鎮座する神々

七社全景

秋葉神社

八幡宮と水神社