国道十七号線の一筋西側の荒牧町上宿に、美しく整備された神社があります。広い公園に面していつも掃除が行き届き、箒目がたち清々しい神社です。神社入口に「荒牧神社 鎮座 明治四十三年三月建立 願主養田傳吉 源清風拝書」(写真1)と、この度新しく設置された「荒牧神社 平成十六年八月吉日 株式会社光陽電機創立四十周年記念代表取締役 関口要」(写真2)があります。前橋市の保存木に指定されている二本の銀杏の木が両側に立ち、石の鳥居や灯籠などの間を登ると拝殿です。
この神社の由来は道路から入った参道の左側に「荒牧神社の由来」の碑(写真3)と南東隅の「遷宮記念碑」(写真4)に、わかりやすく書かれています。
源平盛衰記に源義経が上州の荒蒔という所で伊勢三郎義盛と主従となったとあるのは、この荒牧であろう。また荒牧神社は元は伊勢神社で、伊勢氏が勧請し平安時代から存在したと伝えられ、現在の社殿は江戸時代の宝暦年間に建て替えたそうです。
明治初期に作られた「上野国郡村誌」の「勢多郡荒牧村」の項に、宿後に社地二百三十八坪の村社諏訪神社(祭神は御穂須実命)、同じく宿後の少し離れた所に社地八十七坪の伊勢三郎が勧請したと伝承のある神明社(祭神は天照皇太神)があり、上宿に社地七十坪の八幡社(祭神は誉田別命)があげてあります。明治四十年の神社合併令により上記三社およびその末社を合祀して神明宮境内に「村社荒牧神社」となりました。昭和五十七年より前橋市都市計画区画整理事業に伴い、現在地へ移転したわけです。
初詣は毎年元旦0時より大いに賑わいます。