荒牧まちかど探検(6)

火除けの神「新田お不動様」



不動堂


 国道17号線、新田東地区のフレッセイの反対側の眼鏡店パリーミキを西に入った、ミスタードーナツの裏手に同地区の集会所がある。この敷地内に、昭和62年に施行された区画整理に伴う移転により新たに建立された不動堂がある。


お不動様

 お堂の中には、かなり古いお不動様とされる石仏と、比較的新しい不動明王が祀られている。
 移転前は現在の位置より少し西の、高橋昭夫さん宅に接した場所にあった。
 現在、お不動様の総代を努める小池文一さんの話しによると、明治22年、現在の下宿付近から発生した火災は、折悪しく冬の強い北風に煽られ、あっという間に新田地区にも燃え広がり、多くの家屋が焼失した。だが、不動堂に迫った炎はなぜか急激にその勢いが衰えた。この不動堂と付近にあった角田、都丸の両家には燃え移らなかったという。それ以来、火除けのお不動様として、新田地区はもとより他地区の人々からも、より厚い信仰を集めた。


高橋宅の庭

 そして、移転の際には古くからお不動様にあった石の一部が、今迄建っていた高橋昭夫さん宅の一隅に大切に保存されている。
 また、堂内には「元文元年以来御堂之材」と記された、長さ1メートルばかりの柱のような木も収められている(元文元年とは、江戸中期、桜町天皇朝の年号で1736年)。以前は、1月28日の縁日には屋台の店などが出て、沢山の人々が早朝からお参りして人の列が絶えなかったといわれる。


縁日の賑わい

縁日の賑わい

 現在も、早くお参りする人ほど後利益があるとされ、午前5時には地区の人々は霜柱を踏み、お不動様に赤飯を供えて火災防止の祈願をしている。またこの日は、新しいお札や祭旗、お供えなどを頂き、福引やおでん、ところてん、綿菓子がふるまわれる。特に子供達はこの日を楽しみにしている。
 しかし、この新田東地区も区画整理以前に見られた古い家並みはほとんど姿を消してしまった。以前の曲がりくねった三国街道は広い道路へと拡幅され、世代の移り変りと共に、かっての良き習慣や付き合いが少なくなってきていると、町内の先達が心配している。
 昨今の痛ましい事件が報道される度に、地域の人々の心のよりどころとなって、連帯を育んできたこのお不動様の存在が再認識されて欲しいものである。

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